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2019

MG 佐々木美怜

地べたから紹介にあずかりました、MGみれいです。バリバリの大阪人と紹介されましたが全く大阪出身ではないです。入学してからこの説明を50回くらいはしているのですが、私は広島出身で次に和歌山に引っ越し、大阪に引っ越し、大学入学と同時に私以外東京に引っ越し、私だけ京都に来ました。大阪に住んでいた年数は5年間です。加えて父は兵庫県出身、母は広島県民で広島弁なので私がなぜこんなにコテコテの関西弁を喋るようになったのかは謎です。


前置きが長くなりましたが私は地べたのように有意義なオフを過ごしていない上に無趣味なので、各地を転々としてきた私が感じた運動音痴体験を書きたいと思います。


幼少期in広島

両親の趣味のテニスを父親の会社の人として遊んでもらっていましたが、4.5歳してボールセンスが全くなかったです。両親はここで私が運動音痴だと気付きました。その後小学校に入学し、休み時間は竹馬や一輪車をして遊んでいました。なぜか一輪車は超うまかったです。


小学校in和歌山

小2で和歌山の学校に転校し、超古い校舎、野生児のような同級生という環境に囲まれることになります。休み時間は強制参加の本気ドッチボールをさせられることになり苦行でした。ぬくぬくとインドアで育てられた私にとって野生児が本気でぶつけてくるボールなんてキャッチはおろか避ける事も出来ずフルボッコにされまくったため小学校低学年にして休み時間は鬱でした。


中学、高校in大阪

女子校に入学し再びインドア生活を送ることができるようになったのですが、野生児に6年間鍛えられていたため女子校の体育の緩さに衝撃を受けました。(バスケもバレーも試合にならないためボールと戯れるのみ)

サッカーするとリアルに全員この画像になります

しかも私の高校は運動レベルが著しく低く、走るのはそこまで遅くなかった(といっても高2で50m走8秒ギリ前半)私は結構足が速い方で体育祭ではリレーを走るという珍体験もしました。


大学生in京都

運動経験ほぼゼロなのに何を思ったか体育会に入部しました。ラクロス部に入って運動音痴を体感することは結構あります。一番感じるのはボールケアなどでボールを投げてもらった時ほぼ毎回キャッチできません。逆にボールちょーだい、と言われてもボールを遠くまで投げられない+ノーコンなので届きません。(高2 スポーツテストハンドボール投げ9m)ごめんなさい。


という感じです。書いてて思ったのですが私は運動音痴というより球技音痴なのかもしれないですね。唯一できる運動が水泳なので普通に泳げます。来年こそは海に行きたいですね。目指せアクティブなオフ!


次でついに29期最後となりました。トリは29期唯一のキャパ芸人つねっちょです。つねっちょは運動全般何でもこなしそうですね。ラクロスも何でもやってる気がします。ではつねっちょよろしく!



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